#7 ごめんね、ごめんね。

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#7 ごめんね、ごめんね。


その日は、父の機嫌がすこぶる悪かったと思う。


原因はなんだったか…。




会社で嫌なことがあったか。

私たちが何かしたのか。

それは、覚えていないけど。




私と兄は、目を合わせないよう怯えていた。

必ず、悪魔の牙は私か兄に来るはずだから。





でも、その日は違った。






私たちの不穏な空気とは違い、子猫たちは楽しそうに家中を走り回っていた。

兄弟同士でじゃれながら、たまに私たちの足にじゃれて来ながら。




可愛くて相手したくても、今はとてもそんな空気ではないのだ。

一ミリでも動けば、悪魔に目をつけられてしまう。





いつもと違う私たちの反応に、子猫たちも首を傾げたりする。

でも、私たちはそんな子猫とも目を合わせない。

視界の隅で、それを捉えるだけ。





そして、子猫たちはついに。
悪魔の足に、じゃれてしまった…。






「…っ、いってぇな。」

「はいはい、分かったっつーの。」




面倒そうにそれらを手で軽くあしらう悪魔。


しかし、それを遊んでくれている。と、勘違いした子猫は執拗にじゃれる。






やめな!!
そう言いたくても、とても私たちが声を発していい雰囲気ではない。

父からこっちに関心が変わるように、父から見えないテーブルの下で手をひらひらさせたりした。
だって、なんだか嫌な予感がしたから。

わかんないけど。
ざわざわした。

そんな私を兄は、やめた方がいい。と、言わんばかりに私の手を叩く。
きっと、父にバレないように。だと思う。

だけど、そんな私の行動も意味なく。


空気が、変わった気がした。



そして、その瞬間……。





ドガァン!






不意に聞こえたその音に、私もそして隣に座る兄もバッと顔を上げる。






そこには、床に転がる1匹の子猫。

ヨロヨロ、と立ち上がるも混乱しているのか目をパチパチしている。




そして、その猫を見つめ固まる他の子猫。

瞬時に何かを判断して、悪魔に威嚇する母猫ののら。





え…?と、顔をして悪魔を見る母。






……そう。

悪魔は、子猫を壁に向け放り投げたのだ。






「……なにしてんの?」


驚いた表情のまま、ボソッと言う母。


「ああ!?いてぇからよ!!」


「それで、なんで投げんの?」


「やめろって言ってもやめねぇからだろ!」


「やめるわけなくない?猫だよ?」





悪魔と、母の言い合いが始まった。





兄はどうだったか分からない。

でも、私は動悸が凄かった。





自分がどれほど暴力を受けても、自分で死にそうかどうかは理解できるもので。


このまま死んでしまいたい。そう思ったことはあるけど。
死ぬかも。と、思った事は無かった。






でも、今目の前で死ぬかも。と思った。
子猫が、死ぬかも。
と、初めて思った。






それが、凄くこわかった。






「ああ!そうかよ!」






父と母の言い合いの中、そう怒鳴り立ち上がった父は先程の子猫をまた掴んだ。



母は、何か言っていたと思う。


私と兄は、怯えながらもその光景から目が離せなくなっていた。





絶対、見ちゃダメだと思うのに。
絶対、見てはいけないのに。





父が、動いた。





ヒュンッと、私の横を通りすぐ後ろの壁に
ドンッと、当たる音がする。





次々と。




子猫を掴んでは。




私の横を通る。




母は叫び。




のらは、父に噛みつこうとする。




のらを蹴飛ばし、再び子猫を掴み………







怖かった。



悪魔が。



泣きそうになった。



のらの、必死な姿に。




震えた。




視界に入る、横の光景に。





「あーあ!気分悪ぃ!」

最後にそう叫び、家を出た悪魔。





その瞬間、家の空気が少し緩む。




そして、恐る恐る。
私は、横に視線を向けた。





そこには、転がる4匹の子猫の姿。

子供の私でも、しんでると分かる。





目は開いたまま。

口は開いたまま。

涎を垂らし。

糞、尿が撒き散っている。






この時程、あの人は人間ではない。
と、思ったことはない。

「………手伝って」

どこからか新聞紙を持ってきた母が、言う。

その声に、私も兄も動き出す。

母は、泣いていたか…。

兄は、泣いていたか…。

私は、泣いていたか…。

記憶にはない。

ただ、覚えているのは。

「ごめんね」

みんな、そう声を掛けながら新聞紙に子猫を包んでいた。

母猫ののらが、私たちに頭を擦りつけながら鳴いた。

猫なりに、私たちのやっていることが分かるのか。

「ありがとう」

そういわれているようだった。

助けてあげられなかった、私たちに……。

その後、外に行き。
家の近くに埋めた。

のらも、一緒に来て。
埋め終わるまで、私たちの近くにいた。

息が、苦しかった。
ずっと、心臓がギュッとなってた。

なんかわかんないけど。
私の中の何かが、壊れた感覚だったような。
そんな感じだったと思う。

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