認知症の母親を介護していた千葉県内の50代女性のTさんが8月末、「もう限界です」との紙のメモを残し、自宅で亡くなっているのが見つかった。自殺とみられる。Tさんをサポートしてきた介護者支援のNPO法人「ケアラーネットみちくさ」(柏市)の布川佐登美さんは「私たちのような団体が察知した危機感を、関係者全員に緊急的に共有する仕組みが足りない」と訴える。(加藤豊大)
◆「あなたは大切な娘」が「あなたは誰なの」になり
Tさんは「私が一番大事なのはあなた」と母親が書き記したメモを、お守りのように持っていた。介護について「自分が頑張らないと」と周囲に語っていた。
布川さんらによると、母親は3年ほど前から認知症を患っていた。2人は長年同居しており、近くにほかの家族はいなかった。訪問看護を受けながら、Tさんが仕事の傍ら自宅で介護。母親は妄想や人格変貌の症状があったが、安定している時は「あなたは大切な娘」と感謝を伝えていた。
みちくさが開く介護者の交流会にも参加し、悩みも明るく打ち明ける人だったという。ただ、母親の症状が悪化するにつれ、Tさんは悩みと疲労を深めていく。「あなたは誰なの」。母親から激しい口調で外に追い出され、車で時間をつぶすこともあった。
◆「誰も分かってくれない」と取り乱した
そんなTさんからのメッセージが布川さんのスマートフォンに届いたのは、8月25日金曜の夕方。「辛つらいのに人に話す元気がなくなってしまった。疲れてしまいました」。翌朝、布川さんが自宅に駆け付けると、Tさんは「誰も分かってくれない」と取り乱した。
これ以上自宅での介護を続けるのは難しいと判断した布川さんは、母親を担当するケアマネジャーに「かかりつけ医に入院を勧めた方が良い」と電話。週明けの28日月曜、ケアマネが自宅を訪問し絶命しているTさんを発見した。遺体のそばに「もう耐えることができません。申し訳ありません」と書かれた紙があったという。
介護者を孤立させないよう周囲の見守りや介護の専門家によるサポートはあったが、刻一刻と揺れ動く介護者の心情を共有できていなかった。布川さんは「衝撃的で深い悲しみと無力感に襲われた」と明かす。
◆介護者自身を早く適切な医療につなげる必要
厚生労働省の統計によると、介護・看病疲れを理由にした自殺者の数は2022年に、過去最多の377人となった。統計を取り始めた07年から21年までの平均は256人に上る。
ケアマネジャーの経験がある国際医療福祉大大学院の石山麗子教授(高齢者介護学)は「家族の介護をする人の自殺や心中を防ぐには、介護者自身を早期に適切な医療につなげることが重要だ」と強調する。
悩みを深めてうつ状態に陥ってしまった介護者は、心療内科といった専門の医療関係者でなければ適切に対応できないと指摘。しかし、現行の介護保険制度は、介護が必要な人(要介護者)の支援を中心に設計されており、「介護する人」を支えるネットワークが制度化されていない。必要に応じて介護者を医療機関につなげるといった、踏み込んだ介入をする権限がある組織や専門職もない。
石山教授は「各市町村のケアマネジャー、訪問介護者、看護師、医師、介護者支援団体のスタッフなど、できる限り多くの関係者が参加し、自殺や心中防止に向けて実効的なガイドラインを作っていく必要がある」と話した。