植田和男日銀新総裁が7月28日、金融政策の変更を発表した。イールドカーブ・コントロールを緩めるという、金融の門外漢には意味が分かりにくいものだったが、要するにこれまで日銀が大量に国債を買うことで人為的に抑え込んできた金利を、これからはもう少し高いレベルまで容認することにしました、ということだそうだ。つまり、事実上の金利の引き上げを意味する。
今回の発表をもって、植田日銀が過去10年にわたる黒田日銀の下での異次元緩和からの脱却の道を探り始めたと見るのはやや早急かもしれない。日銀は今後も短期金利をマイナスに抑え続け、上場投資信託(ETF)を通じた株の買い入れも継続するとしている。しかし、異次元緩和からの脱却が植田日銀の至上命題であることに変わりはない。問題はhowとwhenだ。
アベノミクスの名の下で異次元緩和なる特殊な政策を10年も続けてきた日銀は、自縄自縛に陥っている。自らが続けてきた異端の政策を終了させた時、日本や世界経済への影響はもとより、日銀自身にも存亡に関わる大きな問題が起きることが必至だからだ。しかし、かといってこのまま惰性で異次元緩和を続ければ続けたで、恐ろしい結末が待っている。実際、リーマンショック以後、日本に倣ってゼロ金利やQE(量的緩和)を採用した欧米諸国はどこもその後頃合いを見て、いち早くゼロ金利政策から脱却している。これ以上下げられないレベルまで金利が下がると、金融政策上の選択肢を奪われることに加え、経済に大きな副作用を及ぼすからだ。
既に異次元緩和の影響は日本の隅々にまで及んでいる。日本は日銀が株を買い支えてきたことで東証の株価は史上最高値を上回り、円安によって輸出が好転したことで大企業の業績も軒並み堅調だ。しかし、それは逆に日銀が異次元緩和をやめた瞬間に、激しい反作用に見舞われる可能性を示唆している。しかも、業績に関係なく株を買い続けたことで、日銀の保有する株式の総額が東証の時価総額の7%にまで膨れ上がってしまい、今や日銀は日本株式会社の最大の株主になってしまった。しかも、日銀が株主として会社にもの申すのはおかしいので、多くの大企業で大株主の日銀がただ株を黙って持ってくれている状態だ。こうした株式市場への介入で、市場の秩序は完全に歪められてしまった。
また、日本では金利が人為的に極端に低く抑えられたために、本来であれば淘汰されるはずの低収益事業の存続が可能となり、経済の新陳代謝や産業構造改革が阻害されてしまった。早い話が表面的な好景気とは裏腹に、日本経済全体の体力が大きく落ちてしまったのだ。それは日本がことごとく国際的な指標で低迷していることによって裏付けられている。
さらに、日銀が自ら発行する通貨を使って国債を大量に買ってくれるため、政府の放漫財政が常態化してしまった。日銀の国債買い付けは法律で禁止されている財政ファイナンスに他ならないが、日銀は国債を政府から直接買うのではなく、市場を通じて買っているから財政ファイナンスには当たらないという詭弁によって、正当化されてきた。独裁国家などによく見られる財政ファイナンスは、政府が自らおカネを刷って借金の穴埋めをするというものだが、曲がりなりにも先進国の日本がそんなことをやっていていいはずがない。これもいつかは大変な副作用をもたらすことが必至だ。
結果的に異次元緩和前の2013年時点で91兆円だった日銀の国債保有高は576兆円まで膨れ上がり、政府の債務残高のGDP比は264%まで拡大してしまった。これは先進国では考えられない高水準だ。日銀の異次元緩和に伴う国債や株式の無制限で大量の買い付けは、日本の株式市場と財政の規律を完全に崩壊させてしまった。